ヤマト運輸の経営者だった小倉昌男さんは、宅急便を世の中に広げたパイオニアでした。小倉さんの経営論は、現在でも参考になることが多く、著書に感銘を受ける経営者も少なくないようです。
小倉さんによる経営論は著書に譲るとして、この記事では、小倉昌男さんの経営論を哲学的思考の観点から考察してみたいと思います。
エピソードなどは、「小倉昌男 経営哲学」「小倉昌男 経営論」を参考にさせていただきました。
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批判的な視点
小倉昌男さんの経営思考で最も特徴的なのは、「常識を否定する視点」だと思います。不可能だと言われた宅急便の全国展開が有名ですが、経営者としてのあり方にも批判的な視点があります。
小倉さんは「長期政権は老害を生む」と言っています。創業者である父親は社長を降りず、小倉さんの社長就任は46歳です。本人は、父親を反面教師として、社長63歳、会長68歳の定年制を定めています。
小倉さんは、定年制を定めて、トップにも競争原理を持ち込むことが大切だと説いています。トップの人事にも競争原理を持ち込むということは、自らを否定するということでもあります。
1991年に会長職を退任した小倉さんは2年後に会長に復帰しています。自分の作ったルールを破っているわけですが、理由は大企業病に陥っていたヤマト運輸を改革するためでした。
人件費と経費も高騰と社内風土に問題があり、業績は加工していました。そこで、間接部門を直接部門に移動するなど、ムダをなくします。また、改革が一段落した段階で、会社にとどまることなく身を引いています。
保身や既得権益にこだわらない姿勢は、企業が発展していく上で必要な思考だと思います。世の中には、高齢にも関わらず、経営者でい続ける人もいます。
「息が切れているのに走ってはいけない」
「固定概念にとらわれてはいけない」
こうした老害を撒き散らす前に経営者は自身を客観視する必要がありそうです。
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俯瞰的視点
小倉さんが宅急便を発想したのは、業界を俯瞰的に見る視点があったからでしょう。
運送業界は、2つのマーケットがあります。
1:生産現場から店舗に配送する商業貨物
2:個人宅への配送
商業貨物は、仕事の見込みは立つものの、値引きの要請や競合との競争にさらされています。また、景気の悪化により、急激に荷物が減るなど、安定をしていそうでしていないというビジネスモデルです。また、長距離を安く運ぶという設備投資が必要になり、ヤマト運輸は出遅れていました。
ここで、小倉さんは、2つ目のマーケットに着目します。個人宅への配送です。
個人宅への配送で競合になるのは、郵便局と国鉄の貨物です。民間企業よりも勝ちやすいと考え、マーケットの転換を図ります。しかし、宅急便の全国展開は、当初は不可能だと言われていました。そもそも、どの家庭から荷物が出るのかはわからないし、採算は合わないだろうと多くの人が予測しました。
ここでも、小倉さんは俯瞰的視点を活用します。
はるか上空から地域を見ると、どの家かは特定できないものの、千代田区から大阪には、毎日、相応の荷物が出ていることに気づきます。個別で荷物を集める宅急便のビジネスモデルは経費がかかります。しかし、荷物あたりの単価は商業貨物に比べて高く設定できます。経費は荷物を集める個数を計算することで損益分岐点が明確になります。
このように俯瞰的に業界全体を見た場合、新しいビジネスチャンスが潜んでいることがあります。
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実用的な視点
哲学には、実用的な視点を重視する考え方があります。代表的な哲学はプラグマティズムという思考です。
藤井聡さんの「プラグマティズムの作法」によれば、プラグマティズムとは、「何かについて考える時は、それがどういう風に役に立つのかということだけを考えなさい」と説明をされています。
実用的とは、目的を明確にするということです。誤った思考をすると、手段と目的が逆になってしまいます。
小倉さんは、競争相手を郵便局と国鉄に絞ります。郵便局に勝つということは手段であり、目的はお客様が喜ぶサービスを提供するということです。小倉さんを規制と戦った経営者と評する人がいますが、それは結果論です。
1970年に策定された5カ年計画の骨子の中に
「理想とする究極の姿は、荷主の希望する時に、希望する場所に、希望する量を常に適正コストで物流サービスを提供することにある」
とあります。
ドラッカーの言う「顧客を創造する」という視点を持っていたからこそ、宅急便は成功したのです。請負業の物流をマーケティングによって「商品化」した視点も実用的です。
マーケティングとは、「わかりやすさ」が重要です。翌日配送、地域別均一料金という明朗なサービスは実用哲学の視点から生まれたものを考えます。
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弁証法的視点
哲学的思考法の代表にヘーゲルの弁証法があります。弁証法では、対立する概念が相互に浸透していくという思考法があります。
物事にはメリットとデメリットがあります。小倉さんは、物事を両面から捉える人でした。
商業貨物は、荷主と契約をすれば安定して仕事があります。しかし、競争が激しく利益は出しにくい。しかも手形での支払いは資金繰りを悪化させます。一方の小口配送は需要がつかみにくく、事業としては不安定です。少ない荷物を遠くに運ぶ場合は、赤字になります。しかし、荷主は値切らないし、現金で支払いをしてくれます。
荷主のニーズに応じて様々なサービスを展開することは正しいのかと考えます。その時に参考にしたのが吉野家でした。
メニューを牛丼だけに絞ったことで、良質の肉を安く仕入れることができ、オペレーションもシンプルなので、人件費も抑えることができる。
なんでもできるというのは間違っているのではないかと小倉さんは考えます。逆にサービスを絞り込むことでサービスの品質が向上するという発想で宅急便事業に乗り出すのです。
その後は大成功を収めます。もちろん、平坦な道ではなかったと想定できますが、著書を拝読する限り、常に哲学的な視点で事業を展開してきたようです。
まとめ
経営に行き詰まった時、これまでと違う発想で思考をすれば問題が解決できることがあります。これまでと違う発想で思考するためには哲学的思考が役に立ちます。
哲学とは、私たちは思いもしなかった世界を見せてくれる学問です。経営ノウハウは廃れていくことが多いですが、私たちは300年前の哲学書をいまだに紐解くことがあります。それは、哲学が常に問題解決のヒントをくれるからだと思います。